社会人大学院での経験を振り返る(1)―学びたいだけなら行くな!のアドバイス

2019年07月29日 野浪 晶子

今回は「社会人大学院」の経験について書いてみようと思います。以下は経験当時、私が率直に感じたことをまとめたものです。また、現在とは大学院のカリキュラムやシステム等異なるかもしれませんので、その点をご了解いただいたうえでお読みいただけると幸いです。

1.現場で感じた問題意識

私がキャリアコンサルタントの資格を取得したのは2011年です。その前年にメーカー人事職から、派遣社員として大学キャリアアドバイザーの仕事に転職。実践としてのカウンセリング経験がほぼゼロの状態でしたが、当初から大学教員の方々に「大学院に行って学びなさい」と言われました(当の本人は、「いけるわけないでしょ」と思ってました…)。

2011年、ご縁で月に1度の就職支援講座の授業を担当。テキストもないので、人事の先輩に相談に乗ってもらいながら、一からスライドをつくる経験をしました。その翌年に同じご縁で大学の非常勤講師(キャリア教育科目)となりましたが、担当して1年目、次第に「授業内容」と「(組織としての)学生対応のあり方」に疑問を持つようになりました。

ちょうどそのとき、知人から「これからのキャリア教育をけん引するのは、この人(たち)だ」と教えてもらい、そのなかでもタイトルの面白さにひかれて読んだのが、当時出版されたばかりの児美川孝一郎先生の『キャリア教育のウソ』(2013、ちくまプリマー)

読んでみると自分と同じような考えがたくさん示されていて、「自分の考えは(講師として)未熟だと言われてたけど、あながちおかしな考えではないんだ!」と少し自信を持ちました(おこがましいですよね…) 「大学のキャリア教育関連授業は、どういう内容がいいのか」という問題意識をもって児美川先生の授業の科目等履修生となり、翌年の2014年に入学しました。

2.「学びたい」だけなら行くな!

大学院修了者や1年上の先輩など、複数の方に進学の相談をしたところ、ある方から「学びたいだけで行くなら、行かないほうがいい」と言われました。かなりの気迫をもって。いま振り返ると、私もそう思います。

学ぶ(INPUT)ことはもちろん大事ですが、ゴールは修士論文(以下、修論)を書き上げること(OUTPUT)。学びながら最終的に修論をまとめていく、それを仕事と並行しながらやっていくのは、体力的にも精神的にもとても大変でした。

受けたい授業をとってどっぷり学びにつかる喜びは何にも代えがたい経験です。でも、毎回出る課題はなかなか書けないし、同期は本当によくできる方ばかり。自分の出来なさ加減にイヤというほど向き合いました。

また、大学院と自宅の往復はdoor to doorで2時間弱。当時、21:40に授業が終了して走れるところは走って帰りましたが、それでも自宅の最寄り駅に到着するのは23:00ごろ。課題が複数重なったり、仕事が立て込んだりすると体力的にバテバテ。入学して2か月目ぐらいから夏休みに入るまで、毎日「じんましん」との闘いでした。

さらに、大学院に行く前と後では知識の量と深さ以外に、視点の持ち方がかなり変わりました。企業や教育機関での経験から「あたりまえ」だと思ってたことが、授業を通して「自分の決めつけ」だったことを思い知らされたり、実は世間一般の考えに自分が染まっているだけで、根本の問題から考えられていなかったり…こうして視野が広がることで、夏休みまでに、最初に立てていた研究計画がものの見事に崩壊します(涙)

学ぶだけなら「あー大変だった!」で終わるのです。でも、その学びを軸に「何を明らかにしたいのか。自分の問題意識はどこにあるのか」を何度も何度も問い直す。私の場合は過去の自分からいままでを振り返ることもしました。孤独で地道な作業です。

指導教官が決まり、研究がスタート。もちろんご指導いただきながら進めていくのですが、基本的に自分がやることを尊重してくれるので(ある意味、よほどのことがなければ注意されない)、インタビューの数だけ増えて、そこから何が言えるのかが見えず、力量に泣きながら、不安になりながらでした。数週間に1度教官のご指導を受けて復活!の毎日だったのを思い出します。

私はフリーランスだったこともあり、仕事量を週1日に減らして最後の3か月間を乗り切りました。修論提出前の1週間は、教官から最後に難問を出され、昼夜を問わず修論を書くことだけに専念。

書いては消し、俯瞰しようと図で書いてみて、もう一度考えなおし、わからなくなったので一旦仮眠…と、4行書くのに3時間かかるときも(笑)。丁寧に指導してくださる教官と、家族にも協力してもらって、なんとか書き終えることができました(提出後は口頭試問がありましたが、紙面の都合上割愛します)。

なんとなく進学を考えていた当時を振り返ると、全体的に「大変だろう」とは想像ついても、なにが大変なのかは具体的にイメージできていませんでした。学びと研究の大変さ以外にも、時間のやりくりや、学費以外に専門書の購入や研究のための交通費や諸経費など、想像以上にお金がかかったりもします。得るものも大きいですが、犠牲となるものも大きかったのが私の経験です。

また、卒業したからといって仕事が増えたり、待遇が変わったりすることもありません。卒業後の仕事の実践に活かすためのきっかけを得ただけにすぎないのだな、というのが一番の感想です。

それぞれの事情によっても違ってきますが、大学院への進学をお考えの方には、さまざまな視点から情報を得られることをお勧めします。

随分辛口な視点から書いてしまいましたが、次回はまとめとして、大学院での経験がなにに生きているのか、いまの雑感を書いていきます。

野浪 晶子

日本キャリアパスポート協会理事。大学非常勤講師・キャリアコンサルタント資格取得講座講師など。CDA、キャリアコンサルティング技能士2級。法政大学大学院キャリアデザイン学修士。 民間企業人事職を経て現職。大学のキャリア教育実態に悩み、児美川孝一郎教授(法政大学キャリアデザイン学部)の著書『キャリア教育のウソ』を読んだことがきっかけで大学院へ進学。入学後、児美川教授に師事。協会では、誤解の多いキャリア教育を正しく伝えるためのセミナーや、企業研修を担当。私生活では自宅で母を介護。かなりそそっかしい性格。 https://www.career-passport.net/